Lattice in the Lettuce

The monologue of a scientist.

カチカチ山の模擬裁判

Wikipediaでこんなのがあった。

カチカチ山の模擬裁判

2009年、日本で裁判員制度が導入されるのを前に、小学校2校でかちかち山を題材とした模擬裁判が行われた。この模擬裁判の被告人は、タヌキを死に至らしめたウサギ。罪名および罰条は殺人罪(刑法199条)。

詳しくはWikipediaを参照。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%81%A1%E3%81%8B%E3%81%A1%E5%B1%B1

ウサギには懲役9年、または15年の判決が下っている。ウサギの寿命から考えると実質終身刑に当たる、かなり重い判決である。

小学生達がどのように考え、ウサギを終身刑にしたのか考えてみたい。

狸の所業

昔ある所に畑を耕して生活している老夫婦がいた。

老夫婦の畑には毎日、性悪なタヌキがやってきて不作を望むような囃子歌を歌う上に、せっかくまいた種や芋をほじくり返して食べてしまっていた。業を煮やした翁(おきな)はやっとのことで罠でタヌキを捕まえる。

狸の生態から考えて、種や芋をほじくり返して食べてしまうのは致し方ない。防護策を取らない方にも問題がある。また、「不作を望むような囃子歌」は翁の幻聴の可能性が高い。動物愛護の観点からも、狸を捕らえたのは不当と言える。また、罠の使用も動物愛護法に抵触している可能性がある。

翁の所業と狸の報復

翁は、媼(おうな)に狸汁にするように言って畑仕事に向かった。

正当な裁判もなしに死刑を宣告し、尚且つその遺体を辱めるような行為を仄めかす供述をしている。仮に正当な裁判がなされた場合、狸へは重くとも罰金刑、情状を考えれば起訴猶予あるいは不起訴が妥当な程度だ。

タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と言って媼を騙し、縄を解かせて自由になるとそのまま老婆を杵で撲殺し、その上で媼の肉を鍋に入れて煮込み、「婆汁」(ばばぁ汁)を作る。そしてタヌキは媼に化けると、帰ってきた翁にタヌキ汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると嘲り笑って山に帰った。翁は追いかけたがタヌキに逃げられてしまった。

死刑を宣告された狸は必死に逃げようと算段する。これは至って正常な思考といえる。ただし、婆への報復はやり過ぎであり、過剰防衛に当たる。尚且つその死後の死体損壊については言語道断であり、しかるべき判断が必要である。

翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。「仇をとりたいが、自分には、かないそうもない」と。事の顛末を聞いたウサギはタヌキ成敗に出かけた。

翁は最寄りの代官所もしくは警察署に届けるべきであり、ウサギに相談しても解決にはならない。問題はウサギである。通常の思慮であれば、上記のように勧め教え諭すべきであるところ、自らの殺人欲望の大義名分とし、殺人に赴くなど常軌を逸した行為である。

以下、狸の背中の薪への放火殺人未遂、毒物を使用した殺人未遂、泥船を用いた溺死殺人並びに助けを求める狸を見殺しにするなど、快楽殺人の記述があった。

ウサギの罪状は非常に重い。請負殺人、並びに殺す事への異常な欲求、快楽的と取れる行為も多々あり、精神鑑定の必要がある。昨今の情勢から判断するに異常判定が出る事は稀であり、責任を問う事が可能であるなら、検察官は、死刑もしくは終身刑を求刑すべきであると考える。

また翁についても、殺人教唆並びにウサギの凶行を見過ごすなど常識的社会人にあるまじき非情さが見受けられ、同様に懲役刑を以って望むべきと考えられるが、婆を狸に殺害されている情状を考えれば、起訴猶予もしくは減刑を行うべきとも考えられる。