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Lattice in the Lettuce

The monologue of a scientist.

知ったかぶりのガラスコーティング

信越化学のシランカップリング剤のページをぼーっと見ていて、ふと思った。最近、車のワックスモドキにガラスコーティングなるものがある。ガラス面にコーティングするガラコの類ではなく、ボディにガラスの塗膜を作る、というものである。

シリコーンやシランを湿気暴露させ縮合重合により自己架橋させて塗膜を作るというもので、まぁシリコーンだからガラスと言えなくもないが、語呂的になんだかなぁと。

で、ググったら怪しいページが。車のコーティング屋のブログらしいが。せっかくなのでトラバ。
id:tktktaka:20120614:1339707032
なんかずいぶん偉そうな事が書かれている。

「まぁ成分と塗装の状況を見ればほとんどそのコーティングの性能はわかるんですけどね。。。」とか。
じゃなんでブログにはその説明されてないの、みたいな。
「メンテナンスをしないで維持出来るコーティング剤は世の中に存在しません!」とか。
プロなら、メンテナンスなしで維持出来るアイディアくらい書いてみろと。

せっかくなので、知ったかぶりに成り代わり解説しておこう。

クルマの塗装

現在の主流は、下塗りがアクリルの電着塗装で、アクリルである事からラジカル重合が多い。上塗りはアクリルやメタクリルのメラミン硬化である。
このアクリルメラミン硬化は俗に言う焼付け塗装というもので、150℃くらいの温度をかけて反応させている。もちろんメカニズム的にはアミン硬化である。

アクリルのメラミン硬化はアクリル・メラミンともに屈折率が高い事から美しく見えるし、架橋密度が高いために硬度が高い(粘弾性的に考えるとTanδが低い)事もあり傷がつきにくいという特色もある。架橋密度が高い事でガラス転移温度が上昇し耐熱性も良い。クルマの塗装に使われている理由はこんなところだ。

一方、光や水に対してはどうかというと、あんまり良いとは言えない。光はアクリル酸エステルのカルボニルを過酸化するし、水は加水分解させるしで、耐候性という観点では大した事はない。メラミンはアクリルに比べるとエステルを持っていないだけマシではあるものの、アミンは元々加水分解には弱いためそう強いものではない。

というわけで、クルマの塗装はあまり耐候性については良くない。ここはメーカーも承知していて、上塗りでアクリルシリコーン塗装で耐候性を良くしている場合もある。

ガラスコーティングとは

ここに目をつけたのが、シリコーン樹脂で耐候性を上げようという、ガラスコーティングである。
ちなみにシリコーン樹脂というとブヨブヨしたゴム状の物を想像する人が多いと思うが、あれはポリシロキサンの骨格が直鎖になっている、ガラス転移温度が常温より低いオリゴマーが複数物理的に絡み合ったポリマーであるため、あのようなブヨブヨの割に耐候性が良いというもの。
同じシリコーン系でも、ケイ素の2つの置換基を架橋点として三次元に分岐させることで、高強度の塗膜を作り出す事が出来る。

さて、なぜガラスコーティングがクルマの塗装を保護出来るかというと、先に挙げた2つの因子、光と水に対してシリコーンが有用だからである。よく、ガラスは紫外線を通さないというような話を聞くと思うが、まさにそこがポイント。ガラスは紫外線波長域では吸光係数が高く、透過率を下げるという特色がある。なぜそうなるのかというと、SiOのバンドギャップとの兼ね合いによるものだが、本題ではないので割愛。水の方は、SiOが常温程度では加水分解を受けないというところに起因する。

成分について

そういえばトラバ先の「成分を見れば分かるんですけどねぇ」にはかなり笑った。化粧品など人体に関係するものならともかく、それ以外の接着剤の成分表示なんて専門家が見ても分からないように書かれているものだ。オルガノポリシロキサンだの書かれていても具体的にどんな組成のシリコーンなのか、大抵はノウハウで非開示だから分かるはずがない。SDS(セーフティデータシート)やTDS(テクニカルデータシート)にすら成分は「非開示」が当たり前。成分を知ることは出来ないのだから、分かる分からない以前の問題だ。

ただし用途を考えれば、樹脂組成物の設計者であればおおよその予想は出来る。そこで私が、その組成を一つ挙げておこう。

まず主骨格になるコポリマーあるいはオリゴマー。これは信越にモロそのものズバリがあるので書いておくがKR-400というやつ。
これだけだと粘度がやたら低くて塗りにくいし、屈折率があんまり高くならずテカテカがおとなしいので、フェニル基が導入されてるようなKR-510とかを入れるといい。あとトリメトキシシラン誘導体。なるべく分子量の小さな低粘度のものがいいだろう。なぜかというと、クルマの塗膜の微細な凹凸に入り込みやすいからだ。信越のKBM2桁シリーズあたり。

あとはこれを適当な配合率で混ぜ混ぜして、適当な有機溶媒で切るだけ。モノマーが多いほうが接着力は高くなるが硬化に時間がかかる。市販されてるものはモノマー率が低いため、施工はしやすいが(早く固まるから)、その分長持ちしなくなる。

モノマーを多くし接着力は高くし、なおかつ早く固めたいなら、触媒を工夫するといい。一般に、シラノール縮合触媒というものが使われる。有機Snやアミン等だがめんどくさいので関係ありそうな論文をコピペ。
https://www.nipponpaint.co.jp/r&d/tc17/r2.pdf

塗工に際して

塗工で重要な事は2つある。ここでは素人が塗る事を前提として話す。

1つは、雨があがった直後に塗るというもの。どうしてかというと、シラン架橋というのは空気中の湿気によって進行するものだから、さっさと硬めたいなら湿気が多い方が良いという事と、雨によって空気中のホコリが洗い流されているので空気が比較的キレイで、塗工中にホコリが付着する率が低いという事が背景にある。

もう1つは接着性を良くするためにクルマの表面についた汚れや油膜を落とすというものだが、これは簡単。
まず軽く水洗いする。水分をよく拭き取ったら、IPAイソプロピルアルコール)で拭く。そのものが入手出来なければ水抜き剤でOK。その後、今度はシャンプーで洗う。そして再度IPAで拭く。

ガラスコーティング剤の接着性をさらに上げたいのなら、IPAで拭いたあと、コーティング剤を塗る直前にエアダスターをかける。間違ってもエアダスターの生ガス(冷たいあれ)をかけてはいけない。
これはどういう事かというと、クルマの表面(クルマ以外でも何でもだが)には、目に見えない細かい水滴がたくさんついているので、それを蒸発させるため。まともな工程(業者の)では乾燥窒素ガスでブローする。が、エアダスターでも大丈夫。

クルマ屋が新車以外でのコーティングを嫌がる理由

IPAについて一つ注意点がある。よく、ガラスコーティングは新車じゃないとダメ云々なクルマ屋が多いが、クルマのアクリルメラミン塗装はとても硬度の高いもので割れやすく、保管状態の悪かったクルマ(シャッター付き車庫保管以外のクルマ全部)は2年もすれば目に見えない細かい割れがたくさん生じている事がある。この細かい割れにIPAが浸透すると、下塗りと上塗りの間に入り込んで破壊してしまう。下地作りで塗装が剥げてしまう危険性があるために、新車じゃなきゃダメ、という車屋が多い。
そういう時にはIPAに適当に水を入れたりすればいいが、それでも完全とは言いがたいし、ブロー工程が大変になるだけなので、クルマ屋としては敬遠したい。そんな理由がある。

メンテナンス

トラバ先のはメンテメンテうるさいようだが、なぜメンテが必要なのか、ちょっと書いておく。

築1年以上の家に住んでいるなら、風呂場の鏡を見るとわかると思うが、結構汚れているはずだ。よく見ると輝きはかなり衰えていると思う。
SiO2は基本的には疎水性なので水を弾くはずと思われるかもしれない。SiO2は確かにそうだ。
しかしガラスの表面は違う。SiO2の他に、シラノール基SiOHが外部に飛び出しており、この官能基は親水性のため水を呼んでしまう。さらに水素結合で油等も付着してしまい、汚れてしまうわけだ。

メンテナンスは簡単で、早い話ガラコでも塗っておけばいい。
ウィンドウガラスにガラコがくっつく仕組みはシラノール基の修飾なので、やっていることは全く同じである。これでほぼ、メンテナンスフリーに出来る。ガラコをたまに塗る手間はあるが、ガラスコーティングのやり直しに比べれば遥かに簡単だ。

完全メンテナンスフリーのアイディア

トラバ先のクルマ屋はメンテナンスフリーには絶対出来ないと言っていた。なので、出来るアイディアを書いておこう。

この世でもっとも耐候性に優れるのは、フッ素樹脂で間違いない。ガラコというのは末端をC-F変性したシランカップリング剤が基本になっている。ガラコがあまり強い塗膜を作らないのはシランへのカップリングでくっついてるため、というのと、フッ素樹脂はとっても高い(フッ素コートフライパンに使われてる樹脂はキロ30〜50万円ほどする)ために、濃度がとても薄いから、という理由もある。

という事は、フッ素系シランカップリング剤の原液を惜しげもなくガラスコーティングに使えばどうなるか。大変長持ちする塗膜になるだろう。
他にも、先ほどの自作ガラスコーティング剤に、アクリレート変性したフッ素樹脂など入れる(溶解性の問題はさておき)手もある。

恐ろしい価格になるとは思うが、30年くらいはメンテナンスフリーに出来ると思う。