Lattice in the Lettuce

The monologue of a scientist.

泡の科学とエセ科学

先日、スーパー銭湯の洗い場にあった張り紙に、こんな事が書かれていた。

シャンプーは少量をスポンジやタオルに取って、よく泡立てて使いましょう。泡の微粒子が毛穴に浸透して汚れをキレイに落とします。しっかり泡立てないと、シャンプーをたくさん使っても汚れは落ちません。

なんというか、原理を度外視したエセ科学過ぎる。こんなのを真に受けてしまう人って多いんだろうな、と思ったので、泡の科学について触れてみたい。

私と泡の関係について初めに少し書いておく。私の仕事において泡(バブルとは呼ばず、ボイドと呼ぶ)とは基本的に邪魔者であり、なんとか泡を消す、消泡・脱泡させる事が大切である。接着剤の開発者なのだからこれは当然で、均質系を求める際に、泡は物理的な性質を変えてしまう厄介なシロモノだ。泡が入っている事によって、見かけの粘度が増減したり、光学特性が悪くなったり、耐環境性が失われたり、高電圧耐性がなくなったり・・・と、とにかく悪い影響しかない。
なので十年来、泡と戦い続けた(もちろん他の仕事も並行しているが)。その中で知り得た知識を元に書いてみる。

泡の効力

まず、泡は汚れ落ちにまったく関係ないか?と言うと、そんな事はない。が、その効果は身体を洗うような行為においては副次的要因にしかならない。

泡は、見かけ上の洗剤濃度を上昇させる。例えば、シャンプーを使うとする。10mlのシャンプーを身体に塗って汚れ(主成分として油脂)を落とす。しかし、10mlでは塗れる面積が限られてしまう。より多くの面積に塗るには、シャンプーの量を増やす。水を入れる手もあるがシャンプーが薄まってしまい、洗浄効果が落ちる。

ここで、シャンプーを泡立てた場合を考える。泡というのは空気なので、混ざっているとは言ってもシャンプーを薄める効果はない。泡の分だけ体積が上昇し、シャンプーの比表面積が増えるので、多くの面積に塗る事が可能になる。

よって、水で薄める場合に比べ、泡で体積が増した分だけ多くの面積にシャンプーを塗る事が出来て経済的だ。
ただ同様のことは、シャンプーを大量に使う事でも可能になる。要は、経済的か否かの違いだけ。

手で泡立てた程度で作成可能な大きなサイズの泡(泡を作るには剪断作用が働かないと駄目だが、人間の手の力程度で作り出せる剪断応力は大した大きさでないため、マイクロバブルを作ることなど不可能だ)では、毛穴になど入り込めるわけがない。風呂屋の張り紙は嘘っぱちもいいところだ。単に、シャンプーは大切に使いましょうとでも書いておくほうがいい。どうせその目的なのだ。

ナノバブル

ここ10年来、マイクロバブルやらナノバブルなどが注目されている。ナノバブルに関した研究は、それ自体エセ科学扱いされやすい。それは、上に今まで書いてきたような、大きな泡の観念が邪魔をするあまり、ナノサイズの泡に関した特殊な知見が無視されやすい、という事に帰結している。

ナノバブルについては、
https://staff.aist.go.jp/m.taka/newpage2.html
ここらへんの人が解説する通り、大きな泡と比べてまったく異なる性質があるように私も思う。このサイトの方は現象を述べるに留まり要因について解説していないが、私は思い当たるところを書いてみよう。

界面について

まず最初に、泡とはいったいどのようにして形成されるものなのかを少し書いておく。
泡は気液もしくは気体固体界面が等方向状に広がり、気体が内包された形状のものと定義出来る。ここでは簡略化のため、気液界面を持ち液の内部に存在する泡のみを扱おう。
この世のすべての物質はポテンシャルエネルギーを低く保とう(エネルギーを外部に逃がそう)とするため、泡も最も安定した形状(真球)に近くなろうとする。

このとき、界面(サーフェイス)を構成する物質(液体)が変形応力を保てる形状保持能力(水素結合やファンデルワールス力に由来する)を持っていないと、変形応力の波動の合焦点で破断が起き、泡はこわれてしまう。壊れやすさの傾向は泡の大きさに「ある程度までは」反比例する。大きな泡ほど壊れやすいのはそのためだ。

泡を安定させるには、界面を構成する物質の形状保持性を向上させるか、泡のサイズを小さくする事が求められる。逆に泡を壊すには、体積を大きくすれば良い。密度は関係なく、単にデカい泡ほどブッ壊れやすい。工業的に泡を消す、脱泡という処理は、対象物(液体)を真空中において、小さな泡の体積を見かけ上大きくさせて破壊する(遠心脱泡というのもあり、こちらは少しメカニズムが違うが割愛)。

なぜ、体積が重要になるのかといえば、界面を構成する物質は、ある程度の秩序的な配列を求められるからだ。秩序は分子間力のような自由度の高い結合で成り立っているが、大きな面積に引き伸ばされると分布のエントロピーが増大してしまうために破壊点を生みやすくなり、結果そこで破壊されてしまう。

泡の大きさ

ところで先ほど、破断は泡の小ささにある程度までは比例すると書いた。ここで述べたいのはその、ある程度、だ。
泡の界面の強度は、界面を構成する物の分子間力により形成されるため、分子間は一定の距離と角度を保たなければならない。泡が大きくなって破壊されるケースでは、距離が引き伸ばされるために不安定になるが、逆に小さすぎる泡も、距離や角度が適正でないために安定しづらい。

小さな泡となるために、界面(膜)を構成する分子の距離や角度が適正でなくなったもの、こういった泡は原子・分子の位置エネルギーが高くなりやすい。このような泡は、外力(分子レベルの大きさに作用を及ぼすであろう波長の電磁波やフォノンクラスの振動)に敏感に反応するだろうし、泡が潰れる(エネルギーが開放される)時には、周辺の分子骨格に影響を及ぼす可能性は高いと考えられる。

泡は、そのサイズを横軸に、系のエネルギーを縦軸にとってグラフを書くと、V字型になるはずだ。ナノバブルはその頂点よりも若干小さい側に位置する泡だろう。

ナノバブルを作り出すのは至難

ナノバブルは界面の分子配列が理想となる大きさよりも小さいために高レベルのエネルギーを保持出来る可能性はあるが、逆にそれはナノバブルを作り出す事の困難さも示している。液相において泡を作るには、一般に、開放系で剪断応力を発生させ、巻き込む手法が用いられる。が、ナノバブルを作るにはそれでは足らず、密閉系で、巻き込む気体の圧力や組成も弄る必要があると思う。

消す方は得意だが、作る方は経験がない。ノウハウもあるだろうし、私の知識で論じられるのは、ここらへんが限界だ。