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Lattice in the Lettuce

The monologue of a scientist.

メトラートレドのFlash DSCについて

結構前になるが、メトラー・トレドに新製品のフラッシュDSCについて説明してもらった。
メトラー・トレドは熱分析装置のメーカーというよりも、電子天秤の方が遥かに有名なので、なぜにDSC?と首をかしげてしまうが、一応熱分析装置は昔から作っていた。が、パーキンエルマーやネッチやTAやリガクや島津、日立に買収されたSIIなんかに比べるとマイナーだろう。

DSCやDTAについては、以前Wikipediaの記事を書き直してみた事がある。世でDSCと呼ばれる物には二通りあり、一つは入力補償型、もう一つは熱流束型と呼ばれる。それぞれの特徴とメリット・デメリットはWikipediaに書いた通りだが、そもそもDSCって何に使うの?という話と、掲題のフラッシュDSCって何に使うの?という二つの話をしてみたい。

DSCの使い途

DSCというのは、物質の外的な熱履歴に対しどのような熱応答性を見せるのか測定する装置だ。
物質はどんな物でも熱を与えると熱を持つ。温めようとすれば温まるし、冷まそうと思えば冷ませる。ただしその速度つまり応答性は、与える速度・接触面積・材質などによって様々に変わる。
化学的に安定でないものの場合は、熱によって反応が起きる場合もある。安定であっても相転移やガラス転移等の現象によって熱応答性が変化する。これを測定するのがDSCである。

DSCの一番の使い途は、加熱時の融解温度と冷却時の結晶化(もしくはガラス転移)温度が、速度に対してどのように変わるかというものだろう。分野としては主に食品関係と高分子化学関係が挙げられる。
例えばチョコレートの製造においては、冷却速度によって結晶化の度合いがまるで変わってきて、融解温度が変わるために食感が変わってくる。素人が家で作ったチョコが、どうやっても店で売ってるチョコに及ばないのは、菓子メーカーが冷却速度を緻密にコントロールして製造しているから、という理由がある。

高分子関係では、ドロドロに溶けたプラスチックをどの程度の速度で冷却したら、どういう結晶化やガラス転移が起きて、どういった強度の製品が出来上がるのか?というような研究で用いる。また少々特殊な使い方では、熱硬化性樹脂をどの程度の速度で加熱したら何℃くらいで固まってくれるのか?というのもある。

いずれにしても、工業的にはリードタイムを削減したいわけで、昇温・冷却は瞬間的に行える事が理想として存在する。ところが瞬間的にやろうとした多くの場合において、急がば回れのことわざ通り製品の性能は劣化するのが常であるため、ある一定ラインに線引を行わなくてはならない。その線引の目安の策定、もしくは策定された線の裏付けにDSCは活躍する。

フラッシュDSCとは

フラッシュDSCを説明する前に、DSCの性能についての話をしたい。DSCの性能指標はどんなものだろうか。
分解能とか信頼性については計測機器全般の性能指標であるため除外すると、DSCの性能は昇温速度がどの程度か、というところに落ち着く。

フラッシュDSCは最大で4万℃毎秒というとてつもない昇温速度を持っている(実際には500℃程度までしか行かないから、数ミリ秒で最高温度まで行く、というのを秒に直して表現している)。
フラッシュDSC以前のDSCは、パーキンエルマーの入力補償型で750℃/分が最高だった。もちろんそれでも、毎秒12.5℃を完全にコントロールした状態で昇温させられるのだから大したものだが、それでは到底足りない、という研究分野も存在する。

たとえば、200℃に温めたホットプレートに、肉をポンと乗せたとしよう。このとき、肉の表面の、ホットプレートと接している部分の昇温速度は何℃毎秒くらいだろうか?

A 0.2℃毎秒、B 20℃毎秒、C 200℃毎秒、D 2000℃毎秒

このクイズを正解出来たら大したものだ。直感的にでも正解したなら賞賛に値する。熱拡散方程式を解いてもいいし、熱電対をつけて実験してもいいが、この答えはD、もしくはそれ以上の速度だ。0.1秒で200℃まで達する、という意味である。

このときの肉の表面における反応・・・なんてのは、はっきりいって何の意味も何の価値もない情報だとは思うが、これが例えば熱硬化性樹脂であった場合は、その硬化物の特性が大きく変わってくる事を意味しており、大変重要なデータになるだろう。昇温以外に、冷却された場合でも同じだ。高温で溶けた状態の熱可塑性樹脂が、常温の鋳型に触れた瞬間の温度降下速度は、数千℃毎秒となる。そんな速度で冷却されたら結晶化は起きず、完全なアモルファス状態になる。部分的にでも結晶化している状態とは、強度が大きく異なってくるはずだ。

熱硬化性樹脂は一般に、昇温速度が早ければ早いほど、固まり始めの温度(DSCでいうところのOnset)や完全に固まる直前の温度(同Peak)は高温側にシフトする。するとガラス転移温度(Tg)が変化し、温度耐性やヤング率(弾性率)等が変化する。
熱可塑性の結晶性樹脂は、温度降下速度が早ければ早いほど結晶化しづらく、結晶化度が変わってくる。もちろんTgも変わる。これによって温度耐性が著しく変わる。

フラッシュDSC登場以前は、こういった研究は相対的、擬似的にしか出来なかった。サンプル量を変える事で、単位時間あたりに与えられる熱量をコントロールするという手法である。が、これはバラつきが大きかった。
絶対量で出来るフラッシュDSCは大変良い機材だと思う。

フラッシュDSCの欠点

フラッシュDSCには、いわゆるサンプルパンがなく、チップセンサー(計測エレメント)にダイレクトにサンプルを乗せる。
サンプルの量は普通のDSCより遥かに少なくナノグラムオーダー(普通のはミリグラムオーダー)。よって、その接触面積が異なると統計的バラツキが大きくなる。

じゃあ標準偏差が出せるように母集団(N数)を大きくすればいいや、となると、エレメントは使い捨てであるため価格面が問題となる。センサは10個で10万円と恐ろしく高い(普通のDSCのアルミパンは1個100円くらい)。

無論、メーカーカタログにもあるようにセンサは再利用可能ではあるが、透かすと後ろが見えるほど薄いSiチップ上にMEMSで形成されているため、洗浄は大変難しい。酸やアルカリでは周辺のレジストなどが剥離する恐れもあるし、有機溶媒で膨潤させることも困難だろう。よほど有機溶媒に溶けやすいサンプルでなければ、実質再利用は不能と考えるべきだ。

まぁ単純に考えて、ランニングコストが100倍ほどになる。ここまで金かけてやれる研究というのは、結構レアなような気がする。装置自体の価格もメトラーの普通のDSCにオートサンプラーと冷凍機を付けた価格と大差なく、用途の幅も考えれば大手の基礎研究所で買えるかどうか。

せめて本体なりセンサなりがもっと安ければ、といった私見である。