知り合いの主婦がウチの別荘に泊まっていったとき、賞味期限の事で言い合いになった。最終的には理責めした私の勝ちだったが。
賞味期限とは何か
簡単に言ってしまえば、生産者が責任を取る期限の事である。その食品が食べられなくなる、もしくは美味しさを失ってしまう期限ではない。食品は、生物でなくなった時点から雑菌による一方的な腐敗が始まっており(生物の時点では抗原作用によって雑菌が殺されている)、その進行度合いは保存環境次第である。
一般的に考えられるどのような保存環境でも、美味しく食えなくなるまでの時間というものが考えられ、十分に余裕を持って「この程度の時間内なら大丈夫だろう」と生産者が判断した時間を賞味期限なる期限にしているというだけのことだ。美味しく、というのは生産者の意図した主観的なもので、特に客観性はない。
賞味期限の切れた食品について
殺菌も真空パックもされていない食品の賞味期限はさほど長くないし、冷蔵庫の温度でも腐敗は進行してしまうため、そういった食品の賞味期限はある程度参考に出来る。
しかし、表記の賞味期限がまったく参考にならない食品というのもある。よくあるのは、卵や牛乳の賞味期限だ。
牛乳の賞味期限
「賞味期限の切れた牛乳」などとググると、「雑菌が繁殖して腐る」などといったバカな記事がたくさん見つかる。しかも栄養士だの専門家面した奴が言っているのだから手に負えない。開封した牛乳ならともかく、未開封の牛乳は充填後に高温殺菌されているモノであり、雑菌など入っていない。ルイ・パスツールのフラスコ実験すら知らないで専門家気取りとは恐れ入る。牛乳には牛の酵素も入っているが、これも殺菌温度で分解されてしまうため、乳糖が分解されたりもしない。もしも未開封の牛乳が、数ヶ月冷蔵庫で保存した程度で腐敗したのなら、それはパッケージがヤバく密封出来ていないというだけだ。
しかしながら、雑菌は繁殖しなくとも、元の牛乳からの変質は起きる。光や熱、そして酸素による影響だ。牛乳パック程度の材質では、酸素分子を完全に遮断することは出来ないし、冷蔵庫の5℃程度の温度でも化学的に言えば熱は与えられている状態であるため、酸化は進行してしまう。
牛乳は脂肪酸エステルが乳化した物である。脂肪酸エステルを酸化で分解すると、元の脂肪酸とグリセリンになり、グリセリンをさらに酸化するとグリセリルアルデヒドになる。
酸素を遮断しておけば良いかというとそうでもなく、牛乳にはアミノ酸や乳糖が含まれるので、これが単独でメイラード反応を起こす事も考えられる。
これらは、高濃度で起きると味覚に悪影響を及ぼすものの、低濃度では逆に美味しさを増す事もある。半年、未開封で冷蔵庫で保存していた牛乳が美味しいか不味いかは、一概には語れない。元の成分の比率や、パッケージ(紙パック)の酸素透過率や光線透過率、他の要素なども加味されて変化していくので、やってみないと何とも言えない。
ただ、ここらへんの反応生成物を人間が感知出来る程度になるには、2~3ヶ月は平気で掛かる。遮光パッケージなら半年は掛かる。そういったところを考えるなら、牛乳の賞味期限は、未開封で冷蔵庫保存ならまず2ヶ月、パッケージ次第では4ヶ月くらいが妥当だ。専門家気取りするなら、こういった説明をしっかりすべきだろうと思う。
賞味期限の信奉者がダブスタである理由
さて話が逸れたが、先の主婦は賞味期限の信奉者であった。賞味期限が過ぎた物なんか食べたら駄目!と言うので、「それじゃあんたは設計上の標準使用期間が過ぎた家電はすべて捨ててるのか?」と返した。
設計上の標準使用期間とは、電気用品安全法に規定されているもので、日本で売られている様々な家電、住設に設定されているものだ。概ね10年程度が多い。「設計上の標準使用期間を超えて使用されますと、経年劣化による発火・けが等の事故に至るおそれがあります。」などという脅し文句まで使われているが、要は保証期間経過後、事故が発生した場合に生産者が責任を取る期限と考えれば妥当だ。これはつまり、電化製品の賞味期限である。
食品の賞味期限を気にするなら、電化製品の賞味期限も気にすべきだ。腹を壊す程度ではない、発火や怪我をする事故に至る恐れがあると明記されているほどのものなのだ。が、こんな設計上の標準使用期間なんてものを信じて、洗濯機や冷蔵庫やエアコンなどなどを10年足らずで廃棄する人など皆無のはずである。
電化製品は何十年も壊れるまで使うのに(つまり、期限は自己判断しているのに)、食品は生産者の設定した賞味期限を頭ごなしに信用するなどダブルスタンダードもいいところだ。こういった筋の通らない事をする人間は、私は好きではない。
賞味期限なんてものは目安程度に留めて、食えるかどうか、美味しいかどうかの判断は自分の舌や鼻で行うべきである。