Lattice in the Lettuce

The monologue of a scientist.

第一原理的考察の強み

先日、九大のKTさんの講演を聞いた。学会でウチの会社の若い子と懇意にして頂いたそうで、会社に来られて講演されていった。主に表面物性のお話しで、界面レオロジーという分野。この分野は同じく九大の元学長(九大では総長と呼ぶ)、CKさんが提唱されたジャンルで、KTさんはCKさんの、最後の教え子だそうだ。CKさんは、レオロジー学会長だった当時のウチの親父と懇意だったので、私もそれとなく顔見知りではある。もちろん、立場や社会的地位はぜーんぜん違うが。

さて、KTさんをうまく会社に引っ張ってきた若い子(と言っても今年40歳のオッサンだが)は高分子の博士である。高分子にもいろんなジャンルの分野があるが、彼は(たぶん)ドメイン構造、つまり相分離の専門家なんだと思う。そっち方面の話はとても得意そうだが、レオロジーについては(もちろん相当に知識はあるはずだが)さほど詳しい感じでもない。と、以前彼と二人で出張したときに馬鹿話をしていて思った。

私自身は、レオロジーについてしっかり勉強したわけでもなんでもなく、たぶん知識としてのレベルは彼に劣るだろうと思う。が、KTさんの話を聞いたあと、真っ先に手を上げて質問したのは私だ。的を射た質問ではあったと思う(AFMでの表面走査についての質問内容)。

ぜんぜん専門分野でもなんでもない学問において、ついでにAFMなんか一度も触ったことがない私が、なぜポンポン質問出来る程度に理解する事がなぜ出来るのか?

これは私がむか~しからやっている考察の方法に依っている。第一原理的な考察、Fundamental Visionと私は呼んでいる。簡単に言えば、科学のいろんな分野のいろんな事象をab initioな視点で捉える思考実験である。

どういうものか、ここで簡単にやってみよう。

今回のお題はレオロジーなので、粘弾性について考えてみる。粘性と弾性はどう違うのか?なんてそこらの研究者に質問したとする。決まって帰ってくる答えはスプリングダッシュポットモデルを書いたり、外力に対する応答の遅れを周波数依存の観点から解説するといった、いわゆる教科書に書いてあるものだろう。これはマクロスコピックな視点にばかり立っているが、粘弾性という概念がそもそもマクロなモノの見方であるので当然の話だ。

が、私はそういうふうには考えない。マクロだミクロだ云々の前に、力に対する応答なのだから、「その力はどのようにして伝搬されるのか」という第一原理的な思考をしてしまう。

バルクにおいて、物理的な力を伝搬するのはもちろん原子である。もっとミクロに見ると、電子が主役になっている。電子と言っても自由電子ではなく軌道電子だ。外力を与えると分子軌道が変化する。その分子軌道はお隣の分子軌道(他の原子や分子のエネルギー準位が似通った分子軌道)に電気的な斥力を及ぼす。それによって、そのお隣分子軌道も変化する。この繰り返しによって伝搬している。

となると、次にパッと思い浮かぶのは軌道電子の速度だ。速度が速いほど、分子軌道の変化も速いことになる。ここで言う速度とは、電子の実際の速度ではなくて、軌道空間における電位の変化速度、ようは周波数のことだ。周波数が高ければ高いほど、力の伝搬が速い、つまり弾性的挙動となりえる。逆にいうと遅いのが粘性だ。

ダッシュポットモデルでの説明と違って、このような説明の仕方をすると、容易に他の学問へ発展させる事が出来る。レオロジーという枠内をブチ抜いて別のモデルに行ける。

この周波数依存モデルでは、誘電(絶縁)と熱伝導のモデルに発展出来る。

誘電率は前にちょっと話したが、絶縁体の抵抗というのは周波数によって大きく変化する。また、熱伝導を(誘電体において)司っているのは原子の振動(=分子軌道の変化速度)を量子モデルで表したフォノンなので、この3つの学問は元を正すと分子軌道の変化速度に依存しているものだと言うことができる。

粘弾性と絶縁性と熱伝導は、同じ一つの概念によって説明することが出来る。

じゃあ、高分子レオロジーでよく議論になるガラス転移温度のようなものが他の分野にもあんのか?というと、まぁ少なくとも電気の世界にはない(弾性挙動とか粘性挙動というのは実はある、誘電正接、tanδはまさしくそれだ)。

なぜないのか?同じ高分子の誘電体であるにも関わらず、また第一原理的には同じであるにも関わらず、なぜないのか?

此処から先も、第一原理的思考では説明出来る。
長くなったので一度ここで切っておく。

Xiaomi MI note10の最大の問題点 大きすぎるCMOSの弊害と解決方法

最近スマホを買うのが趣味のようになっているが、今話題?のXiaomi MI note10を買ってみた。

本機の最大の特徴といえば108MPのCMOS搭載ということだが、このCMOSは画素数もだがサイズが普通のスマホCMOSよりも遥かに大きい。その大きすぎるための弊害がこのようなものだ。

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MI note 10

1/1.33インチもあるCMOSが災いして被写界深度が非常に浅くなっている。

CMOSの小さいPixel3では、もちろん普通のスマホ被写界深度になるので意図したものが撮れる。

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Pixel3

同様にiPhone8でも普通に撮れる。

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iPhone8

MI note10は、一般的なスマホの感覚で近距離にある物(例えばメシ)を撮ると、ピントが一部にしか合っていない写真になってしまう。普通のデジタルカメラであれば可変絞りがあるため被写界深度を深くも取れるが、MI note10は開放の固定絞りだからそんなわけにも行かず、単に真ん中しか合わなくなってしまう。
景色のように遠くにある物、かつある程度明るい状況では108MPの高精細な画像をフルフォーカスで楽しめるが、こういった近距離にある物は上手く撮れない。

MI note10にはマクロレンズもあるため、そちらに切り替えればフルフォーカスの写真は撮れるが、2MPしかないので16MPで撮れるPixel3やiPhoneには到底かなわない。標準状態でズームして(2倍までズームすると2倍望遠レンズに切り替わってしまうので1.9倍までの範囲で)撮ればフルフォーカス出来るが、108MPモードでは無理だし、クロップされて解像度が下がってしまう。

解決方法は?

もっとも単純な解決方法は、こういった大きなCMOSを使わないというものだが、これは極論であって好ましい考え方ではない。また、可変絞りを搭載するというのは低背化の観点から難しい。となると近年の流行であるコンピューティングフォトグラフィーによって解決するのが妥当だろう。
そこで考えられるのは、深度合成というテクニックだ。カメラの世界ではオリンパスのOM-Dが2015年に搭載したのが有名だが、顕微鏡の世界では15年くらいの歴史がある。キーエンスのVHX900~VHX6000までは、この機能をいかに駆使するかという進化だった、と言っても過言ではないくらい深度合成の機能は進化している。最近では、オリンパスニコンの顕微鏡でもソフトウェアで対応させている。
残念ながら、スマホ業界でこれに対応した機種は今のところ出ていない。が、CMOSの高感度化やブラケティング(Pixelのナイトモードはブラケティングの進化版だ)も限界に近づいている昨今の状況では、次に来るのがCMOS大型化なのは目に見えており、いずれは深度合成機能を持ったソフトウェアが登場するだろう。

なお、今回の写真はすべて各スマホの標準状態で、純正カメラアプリを起動した直後にシャッターボタンを押して撮っている。特に何もしていないバカチョン撮影となっている。

iPhone11の圏外問題はMPIアンテナのせいではないか?

今年の春頃、業界人の間で囁かれていた事がある。次期iPhoneはアンテナラインの吸水性ヤバいんじゃないかと。
japanese.engadget.com

背景としてはこの話だ。LCP(液晶ポリマー)をやめて、MPI(変性ポリイミド)にする、という内容。高周波材料屋さんでない人は、これを読んでもフーンで終わる。が、業界人としては「え~?」となる。

ポリイミドというのは、基本的に吸湿性が高いものである。

jp.misumi-ec.com

これは普通のポリイミド樹脂での比較だが、LCPに比べて30倍もの吸湿性があるとなっている。

ポリイミド樹脂は、昔からフレキシブル基板向けに多く使われている。電子基板には大きく分けて、普通の人が思い浮かべる硬い板状のリジット基板と、柔らかく折り曲げやすいフレキシブル基板(通称フレキ)がある。フレキは可動部、例えばHDDのヘッド駆動部とか、製造時に折り曲げを行うノートパソコンやスマホの内部配線などに使われてきた。

ポリイミドは耐熱性が高く、加水分解性が低く、寸法安定性が良く、加工しやすく価格も安い・・・と一見して良い点ばかりが取り上げられる樹脂だが、一つだけ吸水性が高いという問題がある。

www.pbfree.jp

リンク先には、リフロー工程での問題について示されているが、高周波技術の観点からはさらに深刻な問題がある。先日、低誘電率エポキシ樹脂について述べた時に触れた、Dk(比誘電率)及びDf(誘電正接)についての問題だ。

吸湿によるDf上昇は著しいものであり、一桁以上変わるとする論文もある。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejisso/21/0/21_0_85/_pdf

いわく、

ポリイミドは乾燥時の誘電損失(誘電正接)は約0.003程度と低いが、PCT試験後には0.05と15倍以上の値となっている。

PCT試験とはプレッシャークッカーテストの略で、121℃飽和水蒸気中への放置による吸湿加速試験の事だが、要は水分吸ったらこうなりますよ、という話であり、電力のロスが15倍になりますよ、という事に他ならない。電子回路の設計にはある程度ロスを考えたマージン設定をしているが、いくらなんでも15倍は論外。当然なにか悪影響は生じるだろう。

一応、変性ポリイミドということで、何らかの低吸水性に振っては居るのだろうが、もともとまったく吸わないLCPに比べれば間違いなく悪化するはずだ。

こうした懸念が、高周波材料屋の脳裏に浮かぶ。実装系の学会でも、展示会での雑談でも、アレ大丈夫なのかな~?程度には囁かれている。
なお、今回のiPhone11の圏外問題がもし、MPIアンテナラインに起因する問題なら、吸湿は時間とともに拡大していくはずなので、さらにひどい事態になりかねない。

まぁAppleの事だから、そこらへんはある程度認識して対応しているのかもしれない。iOS13.2で一応直った?ようなので、ソフトウェアレベルで別の問題だったのかもしれないし、通信が不安定になったときの挙動を暫定的に対処したのかもしれない。iPhoneの防水性は高いので、内部には水なんて入らないと思っているのかもしれない(水を吸いやすいということは水酸化物イオンも吸いやすいということなので、液体の水は吸わないからダイジョーブなどとは言えないのだが)。

ともかく私からは、技術的な懸念がある、としか言えない。

宅間守の心境とは?宅間守は、犯罪者とはこのようにあるべきだ、というアイデンティティを体現する存在

私は、物事を等価に見る、という思考実験をよく行う。

等価的思考とは

どんなものかと言うと、「100円拾った」というのと、「100円落とした」というのは、数字的にプラスとマイナスではあるものの、成した行為としては等価である、というモノの見方である。極論を言えば、IPS細胞の山中教授と、池田小事件の宅間守は、社会に震撼を与えた点において同じ働きをした、と言える。

そんなふざけた話があるか!と多くの人は思うだろうが、それは倫理や法律に支配されているからそう感じるのであって、すべて取っ払ってしまえば大きな違いはない。

この等価に考えるという事は、科学的な実験をしている時には、とても重要な価値観であり観点となる。実験を計画した時に予想した結果があるとする。実際やってみて、その通りに「なった」「ならない」で、成功・失敗と普通は捉えてしまう。しかしこれは危険な考え方である。成功の場合、もっとやろう、もっと取り組もう、と前向きな姿勢になるが、失敗の場合はその逆で、やる気をなくしてそれ以上やりたくなくなる。結果として、失敗に含まれる発見を見落としてしまう。

失敗から学べ、などと容易く言うが、失敗から学ぶ事なんて「やらなきゃ良かった」くらいなものだ。どうやっても前向きになんてならない。だがしかし、その実験結果を等価に見た場合どうなるだろうか?プラスマイナスでなく、単にAとBという結果である、と考えた場合だ。この場合、感情は沸き起こらず冷静なままで次の実験に移れる。どちらにどう転ぼうとも、最終的にはプラスの結果が出てくる事になる。

このような、良い悪いを抜きにした観点は、科学では特に重要だと思うが、私としては社会学でも心理学でも経済学でも、いろいろな事に応用出来る物だと考えている。ジョブ理論なんてのはこういった思考実験の産物だと思っている。

宅間守は何を考えていたか

さて、本日のお題は科学の話ではなく、先程触れた池田小事件の宅間守だ。
dot.asahi.com

このページは、あくまで善悪や倫理観の上に宅間守という人物を捉えようとしている、ごくごくありふれた思考パターンでの解説となっている。これでは到底理解には及ばず、分からない、という結論しか導けないだろう。
では等価的思考を用いた場合どうなるか?

いくつかの結論から導かれる宅間守という人間は、

犯罪者とはこのようにあるべきだ、という人格障害を演じている

と結論付ける事が出来る。

まず、勧善懲悪の世界において人は悪を憎む。憎まなければ反社会的だと教育されたのだから、そうなるだろう。この点において犯罪者は憎まれるべき存在のはずだが、情状酌量という言葉が示すように、その犯罪行動にはある一定の理解が示される場合が多い。

では、宅間守に情状を酌量する余地はあるか?と聞かれれば、多くの人がないと答えるだろう。身勝手な理由、一切反省を示さない態度、完全に悪に染まりきった人格。ここに同情の余地は生まれない。悪魔というものが存在し得るとしたら、きっと宅間守のような振る舞いをするだろう。

とすると、宅間守は本当に悪魔なのか?と考えたくなるが、それは違う。取り調べ中に精神障害を装っていた事が、それを裏付ける。

ようは演技なのだ。

本当に本物の悪魔で人格障害者であれば、逮捕時にケロリと「何匹殺れましたかねぇ、私としては20匹ほど殺ったつもりなんですが」などと言い放っただろう。

精神障害者を演じてみたものの、周囲の追求もあり面倒臭くなってしまったのだと推察する。元々短気な性格であるため、精神障害者を演じきれないなら人格障害者を演じてやれ、となった。これなら反省の弁を口にしないだけで比較的容易く達成できる。法廷でも大暴れ出来るし気分もいい。手紙でも、遺族が憤慨するであろう内容をわざわざ書いているあたり、相当演技が上手なようだ。

演技であるかどうかについては、完璧性、という観点から分析できる。本当に人格障害者である場合、その人格障害はライフスタイルに定着したものであるために、人格障害だけで言動のすべてが決定される事はありえなくなる。「ゆらぎ」に相当する言動があって然るべきであり、言動のベクトルの完璧性はなくなる。
本当の人格障害者であったなら、恐らく反省の弁を口にしただろう。もちろん、非常に癇に障る言い方でだが(例えば「悪いことをしたと反省しています・・・な~んて言ったらどうします?同情しちゃったり~?」などというパターン)。

ちなみに本物の人格障害者はサイコキラーの扱いとなり、代表例はテッド・バンディなどが該当すると思われる。

演技だとして、「その理由は?」と考える人も居るだろう。障害者を演じるのは助かりたいからであるはずで、人格障害では死刑を回避出来ないのだから、そのような言動に至るのはおかしい、とも考えられる。これは自然な想像だ。
宅間の場合、そういった常識的な価値観が通用しないのだと私は思う。悪魔のような人格を演じる事が彼のマイブームになったのではないか。最後の最後まで、彼は「自分が面白ければ、他の事はどうでもいい」という価値観を示していたように思う。彼にしてみれば、自分の命を賭けた遊び、だったのだろう。

犯罪者たる者、宅間のようにあれ

などと言うと凶悪犯罪を推奨しているように取られかねないので否定しておくが、宅間が演じたのは「生粋の犯罪者」であり、誰もが憎める存在である。決して、このような人間になってはならないと戒める教材のようなものだ。逆説的に、犯罪を起こすのであれば、情状酌量の余地など一切ない純粋な凶悪犯であるべきだ。その方が悪を許さないという社会通念はより堅固なものとなるだろうから。

踏み間違い事故の原因は運転教則本にあるのではないか?

www.avoc.com

少し前から頻発している、踏み間違い事故の原因について考えていて、ふと思い当たる事があって探した記事。

思い当たる事というのは、「かかとを床に付けずにブレーキングする」と教習所で教わった事。
いくら老人でも、運転慣れしている人が踏み間違いなどありえるだろうか?と思案していた。普段自分は、かかとを床に付けたまま踏み変えをしている。だから、つま先を右に振ったらアクセルで、左に振ったらブレーキと、体が憶えている。急ブレーキ踏むときにしても、かかとは付けたままで足首を左に捻る。この動作を誤るということは、どうやっても考えにくい。

ところがだ。教習所、というか運転教則本に書かれているように、かかとを床から離して踏み変えようとすると、「ブレーキペダルの絶対位置を体が記憶していない限り」踏み間違える可能性は出てくる。

かかとを床に付けていると、かかととの相対位置で、アクセルがどこにあるか、ブレーキがどこにあるか、感覚的に分かる。しかし、かかとを離してしまったら、ブレーキがどこにあるかなんて目で見ないと正確には分からない。ブレーキだと思って思いっきりアクセルを踏むことは、老人に限らず若い人にも起こり得る事になるし、感覚が鈍っている老人なら尚更だろう。

リンク先サイトにも書かれている通り、

運転教則本ではかかとを離して踏み替えるよう指導されていますが、これは教本の普通免許対象が乗用車に限らずマイクロバスから軽トラック、小型特殊までを対象にしていて、床からペダルが生えているような種類のものでも通用する非常に普遍的なペダルの踏み方を念頭に入れているためだと思います。教本が常に正しくて最適ということにはなりません。

老人に事故を起こさせている原因は、運転教則本ではないだろうか?

Pixel4で星空を撮ってみた

話題のPixel4で星空を撮ってみた。ダムの湖畔で1000円ちょっとの自立自撮り棒で地面に立てて撮影。正直まったく期待してなかったのに、これほど撮れるとは驚き。
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撮影中の画面はこんなふうになる。
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この星空モード(天体撮影モード)だが、設定の仕方が少々やりにくい。まず夜景モードに入って、星空に向けてしばらく待つ。すると、「天体撮影モードON」とかいう小さな表示が出てくるので、この表示が出ている間に撮影すると星空モードでの撮影になる。
iPhone11の夜景モードと同じように「カメラが認識しないと設定出来ない」ため、結構めんどくさい。UIの改善の余地ありだろう。

それと、Pixel4はPixel3にあったGoogleフォトの無圧縮無料がなくなったため、2.4MBある元ファイルが700kb程度まで圧縮されてしまい、こうしたグラデーションの密な画像は階調情報が失われやすいようだ。今回の写真はいずれも、Dropbox経由で元ファイルのまま取り出している。

iPhoneはなぜ重く感じるのか?比重との関係

今のiPhone(iPhoneX以降)は、なぜか重く感じる。対して、OPPOとかUMIDIGIとかXiaomiとか(私はHUAWEI買った事ないから知らないが恐らくHUAWEIも)の中華スマホはさほど重く感じない。もちろん実重量は中華スマホの方が重い。

これはどうしてなのか?簡単に言うとiPhoneは比重が大きいので重く感じるのだ。

比重というのは体積あたりの重さの事で、よくある測定方法は空気中と水中での重さの違いを用いる(アルキメデス法、水に対する比重)。この値が大きいほど、人間は重いと認識する。
手の負担、特に指の負担は、手に持った物が触れる面積あたりの荷重で変わってくる。同じ重さでも、触れる面積が少なければ、それだけその部分に掛かる重さは増え、負荷は増大する。

結局のところ、iPhoneが重く感じるのはSUSなんか使って無駄に強度を上げている事によって、比重が大きくなっている事が挙げられる。ホモCEOがケツに突っ込むために強度上げてるのか知らないが、あの重量感はハンパではない。